19世紀アメリカ文学の傑作『アンクルトムの小屋』を今読む意義

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初めて読んで驚きました。

時代を超える名作と呼べる小説の一つだと感じましたし、何より読み物として非常に面白かったです。

概要

『アンクル・トムの小屋』はハリエット・ビーチャー・ストウによって書かれた長編小説です。南北戦争前のアメリカに蔓延っていた奴隷制をテーマに描かれた作品で、反奴隷制の立場の週刊新聞『ナショナル・エラ』で1851年に連載開始、1852年に二巻本として出版が開始されました。

アメリカでは瞬く間に売れ、1年間で30万部のベストセラーを記録したそうです。ただもちろん、奴隷制肯定派の人々からは激しい批判を受け、更には著者が女性であるということも相まって、1900年代後半になるまでは高い評価を受けていませんでした。

近年再評価を受け、19世紀アメリカ文学における傑作の一つとして名をはせています。

著者

ハリエット・ビーチャー・ストウは、1811年6月14日にコネチカット州リッチフィールドで生まれました。父は著名な神学者であり、母は英仏文学に精通した知識人だったそうです。ハリエットは六番目の子供として生まれましたが、彼女に才能があっただけでなく、彼女の兄妹もまた各分野でアメリカの歴史に名を残していきました。

数学や古典に精通し、父が神学者であり、夫も聖書関係の仕事についていたため、彼女の聖書に対する知識と傾倒は並大抵のものではありません。クリスチャン的視点で、アメリカが抱える奴隷制という問題を見たということが、今作に大きな影響を与えています。

嘘か誠かはわかりませんが、南北戦争中、かのリンカーンに「では、この小さなご婦人が、この大戦争を引き起こした本を書いたのですね」と言われたという話も残っています。

今読んでも面白い

連載小説だったこともあり、読者を先へ促す大衆娯楽の要素もかなりあり、主人公トムがどうなってしまうんだろう、イザベラたちは悪漢から逃げ切れるだろうか、と普通に気になる展開が盛りだくさんです。

200年近く前の作品なので、小難しくてつまらないものと思われがちですが、現代語での翻訳本もありますし、ほとんど時代のストレスは感じずに読むことができます。

ちなみに、今回読んだのは光文社から出ている、土屋京子訳版です。

『アンクル・トムの小屋(上)』ハリエット・ビーチャー・ストウ/土屋京子訳
奴隷制度に翻弄される黒人たちの苦難を描く 米国初のミリオンセラー小説、待望の新訳・全訳。 作品

本作に込められたメッセージ

19世紀アメリカの文学では、最初に著者がテーマやメッセージを述べてしまうことが多かったそうです。今作もまさにそれで、冒頭ではストウが堂々と本作の目的を述べています。

意訳をすると、「アメリカ人種に対する共感や思いやりを呼び覚まし、不当な扱いや悲しみを読者の眼前に示すこと」です。

本作を現代に読む意味

もちろん、本作を読む意味は無限にあります。

ただ、個人的に一番意味があると感じるのは、「奴隷制はいけないものである」ということが常識として頭に入った状態で読めること、です。

奴隷制はいけないものであるという価値観は、当時は常識ではありませんでした。当然肯定する人もいますし、我関せずという人もいました。そういう人々の価値観を今作で知ることで、いかに価値というものが時代や地域によってあやふやで脆いものかを感じ取ることができます。価値観を語るには、その時代、その場所、そこに生きた人々のことをよく学び、理解しようとしなければ意味がないとわかるのです。

歴史は知識ではないとわからせてくれます。

「奴隷制はいけないものである」ということも、単なる知識ではなく、どうしていけないのかを、トムを始めとする当事者たちの言動から、ある種体験として得ることができます。体験に勝る理解はそうありません。今作は、実際の事件や、著者が実際に見聞きした出来事を組み合わせて作られた小説です。奴隷制の時代に生きた人間の歩みと葛藤、偏見と常識を体験することができる、数少ないものの一つです。

そして考えられるはずです。「今自分が抱いている価値観は、本当に正しいのだろうか」ということを。

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