ベトナム一人旅行9話 ぼったくりに捕まる

ベトナム旅行
Shomin Shinkai
Shomin Shinkai

思い出すだけで、あいつらに対する怒りと、自分の不甲斐なさに対する情けなさがこみ上げてきます。あれからもう二か月も経ったというのに……

ベトナム旅行四日目。

ホーチミンで古着屋巡りを楽しんでいましたが、あまりに暑く、一旦どこかデパートの中にでも入って休もうと考えていました。ちょうど近くに高島屋があり、高島屋というと名古屋駅でお馴染みの、もはや実家みたいなデパートですから、滴る汗を拭いながら進んでいました。

高島屋が見えてきた丁度その時、一人の汚らしい風貌の男が突然僕の足元にひざまずき、サンダルを触り始めたのです。暑さでぼーっとしていた僕は判断が鈍りました。今でもあの時、すぐ足を引っ込めて、その顔面に蹴りをくらわせてやればよかったと本気で思います。僕が驚きの声を上げると、男は「No No No」と言い、サンダルに接着剤をつけ始めました。どうやら、サンダルを直して金を懐に収めるつもりらしいのです。もちろん僕は一言もやってくれなんて言っていません。

アジア各国では、こういう詐欺というか、ぼったくりがあるのはなんとなく聞いていました。僕があの瞬間するべきだったのは、その場から立ち去ること一択でした。ただただ立ち去ればよかったのです。しかし、できませんでした。暑さで思考回路が鈍っていたことと、男の陽気な態度、そして一番は、自分が今金を持っているという本質の無い富豪気分が、僕をその場に立ち止まらせたのです。

物価の安い海外にいるということで生まれた成金の感情。これが厄介で、いつもなら思わないような、貧しそうな人に施しを与えたいだとか、面白そうだから少し金を払って初めてのぼったくりを体験してみるのも悪くはないという偽物の余裕を生み出すのです。本物の金持ちならそりゃいいですよ。僕は金持ちではありません、決して。

道の端っこに連れていかれて、このサンダルはボロボロだね、出身はどこ、みたいな調子のよい言葉を並べられ、みるみるうちにサンダルが魔改造されていきました。さらにたちが悪いことに、横から同じようなみすぼらしい身なりをした男がもう一人出現して、もう片方の靴を直し始めるのです。最悪です。これで倍の出費が確定です。

内心どんどん焦りながらも、なんとか楽しんでいるフリをしようとした、しょうもないプライドの持ち主の僕は、公正な売買を行っているように会話をし続けました。これがいわゆる、相手のペースに飲まれた状況です。もし一人旅行でなければ、と考えてしまいます。例えば「なんやこいつ気持ち悪いな」と冗談交じりにいって、そのまま歩き出す友人がいたり、「こんなのおかしい。頼んでない」と本気で怒ってくれる彼女が隣にいたら、この醜い地獄にはまることはなかったでしょう。一人の危険性を実感しました。

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許せん

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見て下さい。このへたくそ極まりない修理後のサンダルの姿を。サンダルの上に適当にゴムを貼って、ところどころに汚い接着剤を貼り付けて終了です。なんじゃこれ。スパムでも貼られたかと思いました。

そして、集金のお時間です。男が立ち上がり、先程の陽気さとは真逆の表情で、「money」と言ってきます。いくらか聞いたら、150k。高すぎます。一人で150Kですから、合計で300Kです。ついさっき買った古着と同じ値段です。こんなくだらない修繕にお金を払ってやっているだけでも感謝して欲しいです。誤魔化して10Kを出したりしてみましたが無駄でした。むしろ火に油を注いでしまったようで、僕が財布からお金を出そうとすると、財布の中に手を入れ込んできて、お金を抜きだしてポケットにいれていくではありませんか。流石に僕も抵抗します。このままでは全財産を抜かれてしまいます。財布の奪い合いが始まり、その過程で財布に残っていた日本円に目をつけられて、日本円を交換してやるなども言われました。最悪です。日本円の価値の方が髙いに決まっているではないですが。やっとこの辺りから、僕の怒りも表面化し、厳しい言葉とジェスチャーでこれ以上金はやらんと言ってのけましたが、これもやつらの想定内だったのでしょう。こいつはここまでかな、というニヤニヤした表情で、僕を解放しました。

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高島屋に行き、クーラーによって体は冷えましたが、頭は冷えませんでした。怒りと悔しさで頭が埋め尽くされていました。全ての階にカフェが入っているThe Cafe Apartentに行く予定で、実際に目の前にまで行ったのですが、屈辱的な気分が拭えず、入ることができませんでした。そして、お金もありません。いくら抜かれたのかはもう覚えていませんが、かなり抜かれたことは間違いありません。古着巡りを続けることはおろか、何も気にせずに食事を取ったら、タクシーで空港に戻ることも不可能でした。僕は財布の中身を確認し、絶望しました。真面目に涙が出るかと思いました。

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この汚い川に飛び込んで自らの息の根を止めてしまおうか。

無一文、というわけではありませんでしたが、気持ちは無一文でした。ホーチミンを楽しみたいという欲は消え、ただただ怒りと後悔が渦巻いていました。

暫くは何も考えずにただただ歩き、ようやく次なるプランを決めました。僕は、徒歩でタンソンニャット国際空港に戻ることを決めました。

古着屋を巡って、美味しいご飯を食べて、夜に空港に戻る当初の計画は実行不可能です。ここで楽しんで無一文になってから徒歩で空港に向かう手立ても考えましたが、ここは海外。何があるかわかりません。最悪クレジットカードが使える空港まで無一文になるのは避けたい。また、タクシーで空港まで戻ったら、恐らくそれ以外は何もできません。時刻は13時。あと12時間近く泣きながら飛行機を待つしかできません。それもまた虚しい。事前の調べて、空港のすぐ横に、映画館の入ったショッピングモールがあることを知っていました。そこまで歩くことができれば、残ったお金で食事を楽しみ、映画を観て時間を潰すことが可能です。

苦肉の策です。納得のいかない臨時案です。ですが、選択肢はありませんでした。僕は富豪ではなく、ただの貧乏社会人なのです。歩きます。

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ホーチミンの銅像

気温は35度を超え、日差しが容赦なく照り付けます。そして、ひたすらにやかましい車とバイクの走行音とクラクション。

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ちょっとでも観光を楽しもうと思い、歩きながら写真をたくさん撮りましたが、実際は感動も感銘もありません。景色たちには悪いですが、ほぼ何も思いませんでした。それ程心は蝕まれ、体は熱中症でフラフラだったのです。

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頭が痛く、喉もカラカラでした。が、もうお金を使うのが怖くて、用意に飲み物を買う勇気も湧きませんでした。空港までの距離は5キロ程。平常時の5キロよりも三倍くらい長く感じていました。

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フランス統治時の名残のある歴史的建造物が見どころらしいです。

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ぼったくりと熱中症が合わさり、心身が崩壊し、本当に生きた心地がしない五キロでした。フーコック島の、穏やかで温かい雰囲気に慣れてしまっていたので、ホーチミンの、闇が蔓延る冷たい雰囲気に適応することができませんでした。

美味しいPHOが食べたかったです。もっと色々な古着屋に行きたかったです。

次回、最終回。

続く

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